私達(アユ&キッシー&キスン&ヒー)は、7月15日(宵山)に、祇園祭にいきました。

地下道からでてきた私達が、
まず最初にむかったのは、長刀鉾です。
長刀鉾

鉾の名は、鉾先に疫病邪悪をはらう
長刀をつけていることによります。
  

古来くじ取らずで必ず巡行の先頭をいき、
生稚児の乗るのも現在この鉾のみです。
前懸及び胴懸は、一八世紀の鞠です。

左の写真では、非常にわかりにくいですが、
「水引」と呼ばれるところが(四枚)160年ぶりに
新調されました。

たぶんご存じだとは思いますが、この鉾は
女性はは入れません!これは伝統なのですが、
今の、男女の性的偏見をなくそうとする社会的変化の中、この伝統はいつまで保てるでしょうか?


次に、函谷鉾へいきました。

  鉾の名は、中国戦国時代斉の孟嘗君が家来の鶏鳴き声によって、
函谷関を開けさせ、脱出できたとゆう故事によります。
前懸は旧約聖書創世記の場面を描いた
十六世紀の毛綴で重要文化財です。




   

町内にあった

菊水井戸にちなんで

名付けられた。

鉾頭には

金色の菊の花をつけています。

昭和二十七年八十八年ぶりに、

再興され、

以来年年装飾が

充実してきています。

                  







  









左の写真は、見ての通り、山伏山という山です。

この山の由来は、

昔、八坂の塔が、傾いたとき、

法力によってなおしたとゆう

淨蔵貴所の

大峰入りのすがあたをあらわします。

             

        

 

 





















 山伏山に、つづいて山シリーズです。

  

中国の龍門の滝をのぼる

鯉の勇姿をあらわしています。

前懸,銅懸,水引、見送等は

「イリアツド」物語の場面を描いた

十六世紀の毛綴で

最重要文化財です。





上の、写真はこの時期に,のみ公開される

,民家に伝わっている、

先祖代代の品(?)で、

模型でもなく、本物です。










  これも、特別公開バージョンの、民家です。

これは,模型の

北観音山です。





鉾の名は,「天王座」に放下僧を祭るのに由来します。

鉾頭は、日、月、星三光が下界を照らす形をしています。

新下水引は、華厳宗祖師絵伝を下絵にした綴織です。





                 

私達は、船鉾に上りました。

鉾の,内部からの写真もとりましたが、

あまり綺麗に,取れていないので、

掲載していません。

次からの写真は,船鉾を管理する、

親切な人の協力により、

特別に見せてもらった物の、

ほんの一部です。


神功皇后の説話によって鉾全体を、

船の形にしています。

舳先には金色のげき、

船尾には,飛龍門の舵をつけています。

巡行のとき、鉾の上には

神功皇后と三神像を祭ります。

安産のお守り授与してもらえます。




       

 







これは、船鉾のお囃子の楽譜のようなものです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

          

 

 

 










祗園囃子に使われる。楽器です。


  

 

  

           

 

 



 

 

 

この鉾で、私達の取材も、終わりです。


 

鉾頭に、新月をつけ・・・ているのですが、

    見えませんね。はっきり 言って,意味ないです。

「天王座」には、月読尊を祭っています。

屋根裏の草花図は円山応挙筆、

前懸のメダリオン絨毯は、十七世紀インド製の優品です。

軒桁、四本柱等の飾金具は

いずれも見事なものだそうです。