2物語のあらすじ。
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平治元年(一一五九年)12月27日のこと、
義経の父 義朝は、平家と戦ってさんざんに敗れ、幼い息子たちは京都に残して
長男の義平・次男の朝長・三男の頼朝の3人だけを連れて、
東国の方へ落ち延びて行きました。 その後
義平は平家につかまつって切られ、
朝長は逃げ延びる途中、山賊の矢にあてられて死に
頼朝だけが、ひそかに伊豆の国の山奥に隠れました。
さて、京都に残された幼い息子たちは3人。
今若が七歳 乙若が5歳 牛若はその年に生まれたばかりでした。
平 清盛 が「この3人を捕まえて切れ」と家来達に命じました。
年が変わって、永暦元年。
母 常盤は3人の幼い子供を連れて京都から大和の国の大東寺に身を隠しましたが、
自分の母が平家に捕らわられていることを耳にしました。
常盤いろいろ悩んだすえ、神を信じ京都へ出かけました。
平 清盛が常盤を見た瞬間、怒りがおさまったのです。
日本一と言われたほどの美人の常盤を好きになったからでした。
常盤が素直に言う事をきいたら、3人の子どもを助けてやる。と言ったので、
常盤は仕方なく言うととおりにしたがいました。
今若は、観音寺にあずけられ、後に『禅師の君』と呼ばれるお坊さんになりました。
乙若も、お寺にあずけられたのですが、後にそこを飛び出して、平家に戦いをしかけ、
捕らわれてしまいました。
牛若は四歳になるまで常盤のもとで育てられましたが、
幼い頃から、その心構えやおこないが、人一倍すぐれていたので、清盛に狙われる可能性
を気にし牛若を鞍馬山に入れさせました。
が、後に昔の源氏の家来が訪ねて来たりしたので、平家に復讐心をいだき
毎日、隠れて一人剣の練習をしました、そこから『遮那王(しゃなおう)』と呼ばれるようになりました。そして、ついに十六歳のとき鞍馬山を出たのです。
そこから、遮那王は弁慶に出会って戦って家来にしたり・・・・・・・。
と言うのがだいたいのあらすじですね。
続きが知りたきゃ、まぁ。「義経記」を読んどくれ!(笑)
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父義朝 −長男義平−次男朝長−三男頼朝 (義朝に連れられて、東北の方へ落ち延びて、その後頼朝だけが生き残った。)
母常盤 −七歳今若−五歳乙若−生まれたばかりの牛若 (常盤に連れられて、京都から大阪に身を隠したが清盛に見つかり、3人それぞれ寺に入 れられた。常盤は、清盛の妻になりました。)