2、昔の高瀬川、高瀬舟

 川巾は約八メートル、水量も多く深さも三十センチ以上も有り、川岸には炭屋や材木屋とその倉庫が多く立ち並んでいて、その他は大名諸藩邸でした。そしてその間に現在二条の南にある唯一残されている舟入と同じ様なものが四条迄等間隔に九つ設けられ、荷物の積み卸しや舟の方向転換の場所となっていました。

 運河の工事は鴨川の二条のやや上流の取り入れ口から西岸にそって南へ水路を設ける事から始まりました。川に架かってた橋は、時にとって名前が変わって行きましたが、どの橋も舟運が盛んな頃は階段や坂を上って、高い所を渡るようになっていました。 

 底が平たく、巾二メートル、長さ十三メートル位で、十五石積(2.25トン)です。

罪人を遠島に運んだとも思われます。こっちの高瀬舟は、弟を殺したという兄を遠島に運んで行くと言う所から始まっていきます。(少ない資料から。)